岡田千夏

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京都府京都市

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  • 猫と新聞の関係

     みゆちゃんが、遊ぼう遊ぼうと、足元でにゃあにゃあ鳴いていたけれど、新聞を読んでいたので、「あとで」と思ってかまわないでいた。しばらくすると姿が見えなくなったので、あきらめてどこかへ行ってしまったのかと思ったら、突然新聞の向こう側からみゆちゃんの顔がにゅっとでて、新聞を覗き込んだ。その様子があまりにも面白かったので、新聞を置いて遊んであげようと思ったら、畳んだ新聞の隙間めがけて飛び込んで、二三歩、頭を新聞紙に突っ込んで押し進んだ。
     猫は新聞が好きなようである。まず、乗るのが好きだ。新聞を机の上に広げて読んでいたら、決まって上に乗ってくる。それもたいてい、ちょうど読んでいる記事の上に乗る。それから、新聞紙のあいだに駆け込んで、紙をかさかさといわせるのも好きらしい。お座りが出来る頃になった人間の赤ちゃんが、新聞紙をくしゃくしゃしたりびりびりしたりするのが楽しいのと一緒かもしれない。新聞を山型に立てて、その下から猫じゃらしをちらちらさせると、目を真っ黒にして、新聞のトンネルの中に突っ込んでくる。遊ぶことは滅多にないデビンちゃんも、この遊びには乗ってきた。
     新聞ではないけれど、いつも宅配を頼んでいる生協のカタログを床に広げて、注文票に記入していたら、やっぱりみゆちゃんがやってきて、カタログの上に座る。それを真似して息子が注文票の上に寝そべる。そうやって、いつも二人に邪魔されている。

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  • 毛虫小道

     琵琶湖疎水の横の小道を散歩していると、縁石の上に何か黒くて長いものが乗っていて、一瞬ムカデかと思ってどきっとしたけれど、よく見たら黒い体に薄い黄色の毛の生えた、大きな毛虫であった。
     桜の木につく毛虫で、琵琶湖疎水の横の小道には桜の木がたくさん植えてあり、春には、染井吉野や、名前の知らない白い花を咲かせる桜が満開になって、疎水の深い水の色に映って爛漫たる景色となる。
     実家の庭に山桜があったときには、この毛虫がよくついた。いま縁石の上を歩いている黒い毛虫は体長が6センチほどもあるけれど、もう少し若い時分には体も小さく赤い色をしていて、その赤い毛虫が、山桜の葉をすべて食べつくし、さらなる食糧を求めて、いっせいに幹を伝い降りだしたのを見たときには、冷や汗が出た。
     黒い毛虫は、縁石の上を小道に沿って、ずんずん進んでいく。おそらく、蛹になるために土に潜る場所を探しているのだろうと思う。野菜についてきた青虫を育てていたら、やがて土に潜って蛹になったことを思い出した。
     一匹だけかと思ったら、小道の前方を、同じような黒い毛虫が一生懸命横切っているのが見えた。もしかしたらそこらじゅうに毛虫がいるのではないかと思って、急に薄ら寒くなって辺りを見回してみたけれど、その二匹以外にはいないようだった。
     さきの毛虫は決まった目的地でもあるかのようにまっすぐ進んでいくのだけれど、あとの毛虫は、もう切羽詰っているのか、小道の端まで来ると、植え込みからこぼれてコンクリートの上にかぶさった土を掘って潜ろうとした。もちろんそんな浅い土の中に潜れるはずもなく、あきらめて、今度は落ち葉の下に潜った。縁石を超えてあと20センチも進めば、深い土があるというのに、言っても伝わらないところがじれったい。
     そうこうしているうちに、さきの毛虫はどんどん進んで、こちらは縁石から雑草の生えた地面に降りて、やはり土を掘ろうとしはじめた。しかし、このあたりの地面はどこも固い。柔らかいからだの非力そうな毛虫に掘れるとは思えなかった。しばらく頑張っていたけれどうまくいかず、落ち葉に潜って誤魔化したりしている。
     そんなことでうまく蛹になれるのかしらと心配になったけれど、それでもやっぱり桜の木には毎年毛虫がつくのだから、どこか蛹になれる場所があるのかもしれないとも思った。
    毛虫たちがどうするのか見届けたいと思ったけれど、きりがないので、あきらめて帰った。

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  • マンドリルのマンマル君

     京都市動物園で、23日にマンドリルの赤ちゃんが生まれたというので、生後6日目の日に見に行った。生まれたのは、マンドリル夫婦の第三子となるオスの赤ちゃんである。
     息子の手を引き、入ってすぐのキリンから順に見てまわって、マンドリル舎にたどりつくと、お母さんマンドリルはガラス張りの飼育舎の一番奥で、こちらに背中を向けていた。横にはお父さんマンドリルが付き添っており、見えないけれど、お母さんの胸には赤ちゃんが抱かれているようである。飼育舎の周りを回って、いろいろ角度を変えて見ると、なんとなくお母さんの膝の上に赤ちゃんらしきものが見えて、お母さんは赤ちゃんの毛繕いをしているようであった。
     しばらく待ってもこっちへ来る様子はないので、先に息子の好きなゾウを見に行った。
     再びマンドリル舎へ戻ってみると、ちょうどお母さんが飼育舎の真ん中にある木の台の上に移動してくるところであった。つねに赤ちゃんを大事に胸に抱いているお母さんマンドリルの姿は、同じように赤ちゃんを抱く人間の母親の姿に重なって見えるけれど、人間の赤ちゃんが首も据わらず一人では何も出来ない無力な存在であるのに対し、マンドリルの赤ちゃんは、生まれながらにしてすでに強い腕力を持っている。その証拠に、お母さんマンドリルが両手足を使って移動する際には、落とされまいと、自力でしっかりと母親の胸にしがみついている。
     木の台の上でごろんと仰向けになった母親のお腹の上に、赤ちゃんが乗っている。やはりお父さんは見守るようにそばにいる。二頭いる上の子供のうち一頭も近くにやってきて、マンドリル家族水入らずの様子であった。
     新しく生まれた赤ちゃんは、みんなに親しまれるよう「マンマル(まん丸)君」と名づけられたそうである。

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  • ねこのお医者さん

     学生の時分だったか、お腹のどこか忘れたけど痛くなって、あまりそれまでに経験したことない感じだったから少し不安になり、棚の下からほこりの被った「家庭の医学」を引っ張り出してページをめくってみたところ、恐ろしい病名ばかりが列挙されていて、よけいに心配になった。結局その腹痛は一晩寝たら治まって、その後なんともなかった。「ねこのお医者さん」は獣医の石田卓夫氏が書いた、いわゆる猫のための「家庭の医学」だという文句が帯に書かれている。
     本の前半は、健康な猫の環境作りや病気のサインの見分け方など、猫との生活における注意点、後半は猫の病気リストで、症状や治療法が病気ごとに描かれていて、まさしく「家庭の医学」と一緒で、読むと怖くなる。
     この本を買ったいきさつは、やはり猫本関係でアマゾンが紹介してきて、みゆちゃんに元気で長生きして欲しいと思い、あまり迷わず購入してしまった。
     まえがきを読むと、どの段階で獣医に行くべきかなどを載せてある、と書いてあるので、これは重宝しそうだと思い読み進めていくと、結局、たいていのことに、「すぐ病院へ行きましょう」というようなことが書かれていた。もっとも、責任回避という点から考えると、それも仕方がないと思う。そのへんは柔軟に考えて、普段の状態を一番よく知っている飼い主が判断していけばいいのだろうけれど、トイレの環境についての項で、著者の家には猫が四頭いて、トイレに他の猫の臭いが残っていると嫌がるから、一日に二回、砂をすべて取り替え、その結果一袋8.5リットルの猫砂二袋が一日でなくなってしまう、と書かれているのには驚いた(紹介しているだけで、それを勧めているわけではないけれど)。
     この本の中で一番よかったのは、猫の体の特徴を述べた項である。猫の骨が強くて軽く、柔軟であるために、あのようなしなやかさが生まれるのだとか、どんな明るさにも対応できる目のことだとか、敏感なヒゲ、人間には聞こえない超音波までとらえることの出来る耳のことを読んで、妄信的な猫信者は、いかに猫がすぐれた動物かということを再確認して、幸せな気分になれた。
     とくに目新しい情報はなかったけれど、病気のことが詳しく書いてあるから、猫の家にそういう本が一冊あるのは、悪くはないと思う。

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