ま ぜんた

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ペンシル

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ペンシル

by ま ぜんた

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          「ペンシル」

      何気ない日常の中に、小さな物語がある。

      大型デパートの一角に盲導犬が横たわっている。
     「盲導犬は、とても安全です。やさしいです。ぜひ、一度触れてみて下さい。」
     黒くて大きな犬。耳がだらりとたれた、盲導犬としては、いたって珍しくもない犬種である。
      普通の犬とちょっと違うのは服を着て帽子もかぶっている。
     「かわいい!」
      されるがままに小さな子供達に触られる犬。突然シッポを引っ張られても目玉をキョロっと動かす程度である。
     そうして募金を募っていた。

     「あの犬、ペンシルに似てない?」
      声のヌシは、小さな男の子。小学校の低学年ぐらいだろうか。
      母親も気づいた様だ。だが、様子が変である。あわてて男の子の手を引いて離れて行く。
     「もし、あの犬がペンシルだとしたら、今、お仕事中だから気付かれない様にしないとね。・・・規則だから。」

     この親子は盲導犬の里親である。

      盲導犬は仔犬の時、一般家庭に預けられる。そして、人間に馴れさせる意味もあり愛情たっぷりに育てられる。
      ほんの一年足らずだが、家族のキズナも生まれるのだ。
      しかし、そうして里親の手を離れた犬には、もう会ってはいけないのだ。
     小さな子供には、酷な制度である。
      デパートの外では泣き声が響く。

     盲導犬のペンシル君。耳が震えている。

    ―――全部わかっているのである。

     犬の耳はとても良いのである。
     デパートに入ってきた時から気づいていた。
       独特の歩き方。
        ゆっくりとしたしゃべり方。
           懐かしい声。
     でも、動いてはいけない。何があっても絶対動かない。そんな訓練を何ヵ月もしてきた。この試練をクリア出来なければ全ての努力が水の泡になるのだ。

      ほんの少しの間をおいて、別の入り口から男の子がひとりで戻って来た。
      「わ、わぁ。盲導犬だぁ。」
      「かわいいでしょう。触ってみる?」
     「・・・うん。」
      男の子は軽く鼻ツラをなでて、募金箱に三百円も入れた。

      ペンシル君は頑張って動かなかった。男の子の足音が聞こえなくなるまで、しっかりと効き耳だけはたてながら。

         「ペンシル」終。

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ペンシル

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          「ペンシル」

      何気ない日常の中に、小さな物語がある。

      大型デパートの一角に盲導犬が横たわっている。
     「盲導犬は、とても安全です。やさしいです。ぜひ、一度触れてみて下さい。」
     黒くて大きな犬。耳がだらりとたれた、盲導犬としては、いたって珍しくもない犬種である。
      普通の犬とちょっと違うのは服を着て帽子もかぶっている。
     「かわいい!」
      されるがままに小さな子供達に触られる犬。突然シッポを引っ張られても目玉をキョロっと動かす程度である。
     そうして募金を募っていた。

     「あの犬、ペンシルに似てない?」
      声のヌシは、小さな男の子。小学校の低学年ぐらいだろうか。
      母親も気づいた様だ。だが、様子が変である。あわてて男の子の手を引いて離れて行く。
     「もし、あの犬がペンシルだとしたら、今、お仕事中だから気付かれない様にしないとね。・・・規則だから。」

     この親子は盲導犬の里親である。

      盲導犬は仔犬の時、一般家庭に預けられる。そして、人間に馴れさせる意味もあり愛情たっぷりに育てられる。
      ほんの一年足らずだが、家族のキズナも生まれるのだ。
      しかし、そうして里親の手を離れた犬には、もう会ってはいけないのだ。
     小さな子供には、酷な制度である。
      デパートの外では泣き声が響く。

     盲導犬のペンシル君。耳が震えている。

    ―――全部わかっているのである。

     犬の耳はとても良いのである。
     デパートに入ってきた時から気づいていた。
       独特の歩き方。
        ゆっくりとしたしゃべり方。
           懐かしい声。
     でも、動いてはいけない。何があっても絶対動かない。そんな訓練を何ヵ月もしてきた。この試練をクリア出来なければ全ての努力が水の泡になるのだ。

      ほんの少しの間をおいて、別の入り口から男の子がひとりで戻って来た。
      「わ、わぁ。盲導犬だぁ。」
      「かわいいでしょう。触ってみる?」
     「・・・うん。」
      男の子は軽く鼻ツラをなでて、募金箱に三百円も入れた。

      ペンシル君は頑張って動かなかった。男の子の足音が聞こえなくなるまで、しっかりと効き耳だけはたてながら。

         「ペンシル」終。

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published : 2016/01/19

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